うなりと差音の共通点と違い:差音で学ぶバイオリンの重音シリーズ(1)

■最も重要なことは、差音を聞き取れるようになること

第1回目は、3度、6度といった具体的な重音奏法に入る前に、まず、耳で差音を聞き取れるようになりましょう。

差音を聞き取れるようになること、これが今回のシリーズの出発点、かつ最重要なポイントです。
なぜなら、今後述べていく3度や6度の重音と発生する差音の関係を理論的に理解したり暗記することができたとしても、自身がバイオリンを演奏する中で差音を聞き取れなければ意味がないからです。

このシリーズでは、差音を理解するための音源として、バイオリンの音ではなく、正弦波と呼ばれる純粋な音でサンプルを作っています。
是非、イヤホンもしくはヘッドホンを接続して聞いてみてください。

これは、純粋な正弦波による差音が、最も耳に聞き取りやすいためです。
倍音を多く含むバイオリンの音では、サンプルの正弦波による音よりも差音の聞き取りは難しくなります。
しかし、まずは正弦波によるサンプルでどのような音が差音として発生するのかを知っておくことで、バイオリンの演奏の際に鳴るはずの差音をイメージすることができるのです。

ズルをしているように感じるかもしれませんが、バイオリンの演奏時に差音を聞き取れるようになるには、これが近道です。
正弦波のケースで差音を聞き取る練習をした後に、バイオリンの音色で重音を演奏した場合は、どんな差音の鳴り方になるのか。
このように考えていきましょう。

■今回、基準とする音(重音の下の音)は、A=440Hz

最近では、チューニングなどの際にA=442Hzなど高めのピッチの選択をすることも多いようですが、ここでは古くから標準とされている440HzのAを基準に進めていきます。
もちろん、ここでいうA音は、バイオリンのチューニングの際に初めに合わせるA線の音程と同じです。

正弦波の440Hzの響きは、次のようなものです。
(サイト「回路シミュレーションで分かる エレキギター電気回路と音の関係」で公開されている正弦波の音声ファイルを使用させていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。)

正弦波の音が、より飾り気のない、素朴で純粋な音であることがわかっていただけると思います。

■近い周波数の音による「うなり」を体感する

周波数の近い音、つまりほとんど音程の変わらない音を同時に鳴らすと、ワンワンワン・・・とうなりが発生することは、ご存じの方も多いと思います。
これは、中学校の理科でも登場する内容です。
計算式や理論も大切ですが、ここでは440Hzの音と441Hzの音を同時に鳴らし、どのような聞こえ方になるか、試してみましょう。

いかがでしょうか。
およそ1秒周期で音が大きくなったり小さくなったりすることが聞き取れたことと思います。
イメージで書くと「ワーン、ワーン、・・・」というところでしょうか。
このように、音が大きくなったり小さくなったりを繰り返すこと、もしくはその音のことを「うなり」と言います。

うなりが1秒周期で発生することは、音の周波数の差が1であることに起因しています。
441(Hz)-400(Hz)=1(Hz)
というわけです。

それでは続いて、440Hzと444Hzの音を同時に鳴らしてみましょう。
カンの鋭い方は、どのようなうなりが発生するか、想像できているかもしれません。

今度は、先ほどの例よりも細かい、1秒に4回ほどの周期の「ワンワンワンワン・・・」とうなりが聞かれたことと思います。
これは、先ほどの計算式と同じように考えると、
444(Hz)-400(Hz)=4(Hz)
であるので、1秒間に4回(これが「4Hz」です)のうなりが聴こえる、ということです。

この2つの例から、「近い周波数の音を同時に鳴らすとうなりが発生する、周波数が離れていくにつれ、うなりは細かくなっていく(うなりの周波数(Hz)は上がっていく)」ということがわかるのです。

■うなりの周波数と、人間が聞ける「音」の可聴限界について

さて、ここからが本番です。この先も音源を用意していますので、注意深く聞きながら読み進めてください。

先程は、まず440Hzと441Hzの音によるうなりを、そしてさらに、その4倍の細かさに当たる440Hzと444Hzの音によるうなりを聞いていただきました。

次は、更に4倍の細かさのうなり、つまり440Hzと456Hzの音によるうなりを聞いていただきましょう。
これは、少し不快な響きに感じられるかもしれませんので、再生する音量に注意してください。

これまでの計算と同様に考えれば、このうなりが1秒間に16回であることがわかります。
ただし、そろそろ細かすぎて、うなりの回数を数えることは難しいはずです。

さらに、2つの音の間隔を広げていきましょう。440Hzと466Hzの音を同時に鳴らしました。
これまでの計算に従えば、一秒間に26回のうなりが聞こえるはずです。

いかがでしょうか。耳の働きには個人差があるものの、おそらく1秒間に何回のうなり、という形でこれらの音を捉えることは多くの方にとって難しいのではないでしょうか。
代わりに、エアコンの室外機が揺れるような、「ブーーーー」もしくは「ボーーーー」と言った低い音が聞こえてくるのではないでしょうか。

先ほどの例との違いは次のようになります。

「456Hz-440Hz=16Hz」と「466Hz-440Hz=26Hz」

この間の20Hz程度が人間の可聴限界と言われています。
つまり、ただの音の大小の振動として捉える『うなり』と、「ブーーー」だの「ボーーー」だのといった『低い音』として捉えるかの違いは、この辺りが境目だということです。

■もう少し綺麗な響きで、差音の実態を捉える。

実は、先ほど提示した466Hzの音は、A=440Hzの半音上、ラの♯(もしくはシの♭)に当たります。
もちろん、音楽的にはぶつかる音です。
混じりけの無い純粋な正弦波でぶつけたからこそ、かなり不快な響きだったのではないかと思います。

もう少しマシな組み合わせ、440Hz(ラ)と495Hz(シのナチュラル)を同時に鳴らしてみましょう。

どうでしょうか。
ラとシですから、これも音楽的にはぶつかる音ですが、半音でぶつかる先ほどの例よりも、全音でぶつかるこの例のほうがいくらかマシでしょう。
また、先ほどの例より、「ブーーー」という低音がはっきり聞こえたことと思います。
もはや、うなりとして捉えることは不可能でしょう。
この「低い音」の周波数は、
495Hz-440Hz=55Hz
となるわけです。

高い方の音をさらに半音上げてみましょう。
具体的には、440Hz(ラ)と528Hz(ドのナチュラル)です。
これは、短3度という、協和する(ハモる)音です。
なので、きっと先の2つの例よりも、ずっとすっきりとしたハーモニーになるはずです。
実際のバイオリンの楽譜でも、この音の組み合わせはよく出てきます。

予想通り、これまでの例よりもすっきりとした響きになっていると実感されたはずです。

また、耳を鍛えられた方、もしくは低音楽器の経験のある方などは「ボーーー」となっている低い音が「ファ」であることに気づいたのではないでしょうか。
「低い音」の周波数を計算してみましょう。
528Hz-440Hz=88Hzとなります。
そして、88Hzがどのような音かというと、チェロの最低音開放弦「ド」から、ド、レ、ミ、ファ、と上がってきた「ファの音です」
ここまで来ると、うなりの要素はまったく無く、2つの音の干渉から生まれる「低い」音が、十分に聞こえやすい音域となるわけです。
(チェロの音の音域は、誰だって聞き取れますよね)

この「低い音」というのが、まさに「差音」なのです。

■差音が安定して聞こえる=重音の音程が正確に取れている。

この差音は、2つの音が綺麗にハモった時に、はっきり聞こえます。
この「綺麗にハモった時にはっきり聞こえる」というのは、以下の2つの意味があります。

(1)音程が誤っている(どちらかの音が上ずったり下がったり)と、安定した差音は響かない
(2)そもそも協和しない重音では、差音は聞き取りにくく、協和する重音では差音が聞き取りやすい

これら2点については、「そういうものだ」と覚えてしまって構いません。
ここでは理論的な分析ではなく、実際のバイオリンの練習に活用することが第一だからです。

ただ、それでは納得出来ないという方のために、簡単に理由を説明しておきます。
イメージしづらい方は、読み飛ばしてしまって構いません。

(1)について:
2つの音の音程が正しくなかったとしても、正しくないなりにその周波数の音が差音として発生します。
しかし、この場合、その差音と指で押さえている音(演奏したい重音)が協和せず、打ち消し合ってしまうのです。
逆に、2つの音による重音の音程を正しく取れば、重音と差音、3つの音が協和し、安定して響くのです。

(2)について:
これも、基本的には(1)と同じ考え方です。
重音は、その2つの音の協和度によって、重音の溶け合い具合が違います。
そして、この重音の溶け具合と、差音の聞き取りやすさは合致します。
※この理由を理解していただくのがベストなのですが、倍音列の考え方の掘り下げなど、更に難しい説明になってしまうので、やむなく割愛します。

最も溶ける重音は完全一度(同音、差がないため差音(うなり)は発生しない)
次に、完全8度(オクターブ、差音は下の音と一致)
さらには、完全4度、5度。
これらは、非常に溶け合いやすい重音です。

この次には、長短の3度、6度が続きます。
このあたりまでは、十分に協和している重音の音程だと言えます。

一方で、記事の前半の実験でも出てきた長2度や、さらに酷いものでは増1度(短2度)などは、「ぶつかる音」であり、協和度は非常に低いのです。
そのため、正弦波での実験ならともかく、バイオリンの演奏の中で差音を聞き取るのは困難です。

協和する音程、3度や6度の重音を演奏するときにこそ、この差音の考え方が役に立つのです。
また、完全5度、完全4度については2つの音が非常によく協和するので、差音の考え方を持ち出すでもなく正しい音程を判断できる方が多いです。

■まとめ

だいぶ長くなってしまいしたが、この章の内容を箇条書きでまとめると、以下の通りです。

(1)2つの音を鳴らした時のうなりと差音は、本質的に同じものである。2つの音が極端に近い音程であればうなりとして認識され、その周波数差が人間の可聴音域になるほど2つの音の音程が離れれば、「低い音」が発生し、これが差音の正体である。

(2)協和する音程の重音(長短の3度、6度など)では、差音が聞き取りやすく、差音はバイオリンで重音を演奏する時の有効なガイドになる。
一方でもともと協和しにくい(ぶつかる)音程の重音については、バイオリンを演奏する上では差音は聞き取りにくく、重音を演奏する上でのガイドとすることは難しい。
(やや乱暴な言い方だが、前述の3度や6度などに比べた場合、協和しない重音の音程は、多少の誤差は気にならない。)

(3)差音は、重音の音程が正確に合った時、安定して聞こえてくる。重音の音程が正確でない場合は、重音と差音が打ち消し合い、安定した響きにならない。

これら3つの内容をもとに、この先も正弦波で差音を聞き取る練習をしながら、3度や6度といったバイオリンを演奏する上で頻出する重音の練習方法を考えていきましょう。

※補足1
このシリーズでは、理解しやすくするため、また実際のバイオリンの演奏で聞き取るべき音を把握しやすくするため、2つの重音と差音という3つの音の組み合わせについて論じています。
実際には、バイオリンの音は豊かな倍音を含んでいるため、その倍音同士の差音などを考慮していくと、バイオリンにより奏でられる重音は、非常に複雑な響きであると言えます。
ただし、バイオリンが豊かな倍音を含むと言っても、倍音列のなかで最も強くなっているのは基音やそのオクターブ上の倍音であるため、重音奏法のために差音を論じるのであれば、正弦波での検討と同じく「2つの重音と差音という3つの音の組み合わせ」で考えれば良いのです。

※補足2
「差音が安定して聞こえていることが、重音の音程の正しさの判断基準」という主旨を述べてきましたが、ここでいう「正しさ」とは、2つの音程が協和するかという観点での話です。
2つの音程が正しい間隔だったとしても、実際の演奏をする際にはそれだけでなく、旋律線のなかでも適切な音程で演奏される必要が有ります。